大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)986号 判決 1982年2月18日

上告人

田中喜代治

右訴訟代理人

後藤三郎

被上告人

田中重一

被上告人

山口伊三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人後藤三郎の上告状記載の上告理由及び同上告理由書記載の上告理由第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同上告理由書記載の上告理由第一点について

私権の目的となりうる不動産の取得については、右不動産が未登記であつても、民法一七七条の適用があり、取得者は、その旨の登記を経なければ、取得後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解されるから、本件において上告人がその先代による本件溜池及び堤塘の所有権の時効取得をもつてその後の権利譲受人である被上告人山口伊三郎に対抗することができないとした原審の判断は、正当である。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

上告代理人後藤三郎の上告理由

第一点 原判決は、被上告人山口伊三郎(以下被上告人山口という)が、もともと本件溜池の所有権を取得していないから、民法一七七条の適用の余地は生じないのに、同法の解釈及び適用を誤り、これを適用した違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背にあたるので、破棄されるべきである。

一、原判決は、

(1) 本件溜池が未登記であつたこと、

(2) 被上告人田中重一(以下被上告人田中という)の父である亡田中重栄は本件溜池の所有者であつたところ、右溜池は昭和四年一月二六日、同人から訴外奥野葛之助へ、更に同七年一一月一日、同訴外人から訴外七里善一郎へと夫々売渡され、順次その所有権が移転したこと、

(3) 訴外亡田中喜多造(上告人の父)は、昭和二三年三月二日に本件溜池に対し自主占有を開始し、爾後二〇年を経過した同四三年三月二日を経過することにより時効によりその所有権を取得したこと、

(4) 被上告人田中は右時効完成後、被上告人山口に本件溜池を売渡し、所有権保存登記をなしたうえ、所有権移転登記をも経由したこと、

の各事実を認定している。

しかして、原判決は、右事実に基づいて、被上告人山口は、被上告人田中から本件溜池を購入し、その所有権を取得したものであり、昭和四五年一〇月一三日付売買を原因とする同年同月一五日付所有移転登記手続を経由したので、被上告人山口は、民法一七七条の第三者に該当するものというべきであるから、上告人は被上告人山口に対し本件溜池の所有権を主張することはできないと判断している。

二、しかしながら、被上告人田中は、相続により本件溜池の所有権を取得する理由はなく、従つて被上告人山口も亦、被上告人田中からその所有権を取得することはできない。すなわち、本件溜池は、所有権保存登記のない物件で、昭和四年一月二六日まで、亡田中重栄の所有物件であつたにとどまり、爾後は他人の所有に帰してから四〇年余り経過しているのであつて、被上告人田中とは無関係の不動産となつている。そうすると、被上告人田中は、かつて一時亡父の所有であつたというだけの理由で、現在は何の関係もない不動産を、擅に被上告人山口に売渡したということになり、被上告人田中はもとより、被上告人山口も亦、本件溜池の所有権を取得するいわれは全くない。

三、尤も右の場合、亡田中重栄に本件溜池の所有権登記が存するときは事情は異なり、被上告人田中は全く無関係といい得ないであろうが、原審においては、この点の区別に考慮が払われていない。

若し、本件溜池に亡田中重栄の所有権登記が存するならば、不動産の公示(登記)制度としては、亡田中重栄の所有権を第三者に認識せしめて、取引の安全を保護しているのであるから、亡田中重栄は、第三者に売渡した後でも登記が残つている以上、本件溜池に対して全くの無権利者とはいえないであろう。そうすると、亡田中重栄の相続人たる被上告人田中も亦、その限りにおいて完全な無権利者といえないから、第三者は相続人から権利を譲受けることがあり得るので、ここに民法一七七条の適用をみるわけである。最高裁昭和三三年一〇月一四日第三小法廷判決(民法一二巻一四号三一一一頁)も右の趣旨に理解される。

四、ところが、本件の場合は、亡田中重栄にもともと所有権登記がないのであるから、登記制度の次元における民法一七七条を云為することはできず、本件溜池は単なる亡田中喜多造の所有不動産であるというのほかはない。

民法一七七条の規定はあくまで登記制度における登記の対抗力を規定したにとどまり、土地台帳の記載に公示制度の機能を認めたものでなければ、対抗力を与えたものでもない。そうすると、土地台帳の記載に基づいて、所有権保存登記をした上、移転登記をしたような場合は、民法一七七条の適用は生ずるものではない。そしてまた法律はかつてみずから所有したことがあるというだけの理由で、既に売渡し所有権を喪失した後においても、任意これを自己の所有と偽り、第三者に売却する不法行為を許容するものではない。

唯、被相続人が未登記不動産を売渡し、登記手続未了のまま死亡した場合、相続人が買主の請求により保存登記をした上、所有権移転登記をすることがあるのは、「其保存登記は死亡せる被相続人の名義を以てすること能わざるが故」の便宜的手段であり、また「実質上より論ずれば真実に符合せざれども、実際に処する適当の方法として之を是認」するにとどまるのである(大審院大正一四・七・八判決、民集四巻四一二頁)。

五、以上述べたように、本件溜池は亡田中重栄に所有権登記が存しなかつたのであるから、被上告人田中は相続によつて何らの権利を取得するに由なく、被上告人山口も、本件溜池が未登記不動産であることを知つている以上、所有権登記に信をおいたということができず、法律上本件溜池の所有権を取得する根拠はない。そうすると、被上告人山口の所有権登記は真実に符合せず、上告人は所有権に基づいて、右登記抹消に代え移転登記を請求しうべきものである。

ところが、原判決は、民法一七七条の解釈及び適用を誤り、被上告人山口は同法の第三者にあたるので、上告人はその所有権をもつて対抗できないと判断したのであるから、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背にあたるので破棄を免れないと信ずる。<以下、省略>

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